真珠への思い



わたしにとって真珠は、とても身近な存在です。

漁業と真珠養殖の盛んな街で育ったわたしのまわりには、同級生の実家や親戚に養殖業者がたくさんいました。

真珠の養殖は、休みなく続く自然相手の大変な仕事。冬のまだ暗い朝、養殖場に向かう業者さんたちのバイクの音で目が覚めたものです。

わたしは真珠に対して長い間、宝石というよりも、漁業の印象を持っていました。




真珠の養殖から卸売加工販売までを手がける地元・伊勢志摩の覚田真珠に勤め始めたわたしは、真珠が宝石に生まれ変わっていく様を見たとき、とても驚いたのを覚えています。

それぞれの個性に適した加工で、宝石として仕上げられていく真珠。漁業のイメージが強かった真珠の世界が、人の目と手で美しく生まれ変わる繊細な世界なのだと知りました。




覚田真珠では商品製作に携わらせてもらいました。

海でつくられてから、ネックレスなどの商品になって誰かの手元に届く真珠。その間、たくさんの人が関わり、まるで想いを繋ぐバトンのように感じられました。

わたしは受けとったバトンを誠実に届けることを意識して、製作に没頭しました。

わたしにとって真珠は、身近なものから「特別なもの」になりました。

(覚田真珠さんにはその後も、さまざまな機会をいただきました)




その後、ブランドマネージャーや真珠検定の初代シニアアドバイザーとして、真珠の魅力を伝えさせていただく機会が増えました。

「真珠ができるまで」の過程を詳しく知ると、愛情をかけて育むところが子育てとも重なって、ますます真珠が好きになっていきました。

子育てを終えたのを機に退社をし、真珠の仕事から離れた時期もありましたが、会いたい人に会い、これからやりたいことを見つめなおすうち、じぶんが誰かの役にたてることはやはり「真珠の魅力を伝えること」だと気づきました。




20歳の節目にもらった真珠を、今も身につけています。

今のわたしがそのままつけると、サイズや長さが少し物足りない印象ですが、真珠の魅力は組み合わせ次第。今のわたしだからこそ似合うコーディネイトができあがります。





わたしは、誰にでも真珠に出会うタイミングがあると信じています。

真珠と人の出会いの場を創ったり、その人だけの真珠に出会うお手伝いをしていきたいと思っています。


パール・アカンパニー 山本和佳